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A biography-
Daniel Radcliffe

ダニエル・ラドクリフ略歴
 1989年7月23日ロンドン生まれロンドン育ち。本名はダニエル・ジェイコブ・ラドクリフ(アランと言われていたのは間違い、本人談)。市内フルハム在住。
 父はアラン・ラドクリフ(元俳優及び出版エージェント、現在はダニエルの付き人)。母はマーシャ・グレシャム(元俳優、現在キャスティング・ディレクター)。一人っ子。
 ダニエルが演技に興味を持ったのは5歳のときだという。幼稚園のショーで着ぐるみを着たサルを演じたそうで、本人はこの写真がマスコミに発見されないことを祈っているらしい。
活発な子
 母マーシャによるとダニエルはとても活発な子供だった。7、8歳ころにはじめてハリー・ポッターシリーズの1,2巻に出会うが「一応読んだけど、座って集中して本を読むというのは苦手で、どんなに大きな社会現象なのか本当には気がつかなかった(本人談)」。後にハリー役が決まってから1巻を読み直し、そのおもしろさに開眼して4巻まで一気に読破することになる。
 プロデビューは英BBCのテレビドラマ「デビッド・コパーフィールド」(99年)で10歳時。主役デビッドの子供時代を演じる。続いてピアーズ・ブロズナン主演の「テイラー・オブ・パナマ」(01年米)で主人公の仕立屋の息子役で映画デビュー。
 順調な子役人生に見えるダニエルだが、ハリー・ポッター役のオーディションの存在は知りつつ、自分から応募したいとは言い出さなかった。「何千何百万人も応募するだろうし、無理だよ」と友達に言っていたという。両親も、落ちたときの精神的ショックを考えあえてすすめなかったというハリー役だが、ビッグチャンスは突然やってきた。
劇場での出会い
 まず監督のクリス・コロンバスが「デビッド…」のビデオを見て、オーディションにと声をかけるが、ダニエルは「テイラー…」の撮影中で行けず断る。ところが、ある日ダニエルが芝居を観に両親と出かけたところ、すぐ目の前に座っていたのがデビッド・ヘイマン(プロデューサー)とスティーブ・クローブス(脚本家)。
 ヘイマンは「もう舞台は観ずに後ろばかり向いていたよ」と振り返る。「大きな目で、好奇心や気さくさ、私がハリー役の子にあるべきだと思っていた資質を備えていたんだ」2度までも関係者の心をとらえるとは、ハリー役はやはりダニエルの運命だったのだろうか。
 弱冠11歳のダニエルにとっては「ちょっと気持ち悪かった(笑い)ステージはあっちだよ、と言いたかったよ」という劇場での出会い。休憩時間に、仕事で顔見知りの父親に妻子を紹介されたヘイマンは、翌日にはダニエルに会いたいと電話でアプローチ。
 数日後、ヘイマンとお茶飲み話をしたあと、ダニエルは正式にオーディションに呼ばれるが、クリス・コロンバス監督は「一目みて我々は彼がハリーとわかった」という。
驚きに涙
 数度のオーディションとスクリーンテストを経てハリー役が決定。そのときダニエルは自宅で入浴中。父親が電話をとって「やあデビッド」と言うのが聞こえた。「落ちた連絡かな、まあいい経験だった」と考えていたら父親がやってきて「ハリー役をだれにしたいと言ってたと思う?」と声をかけた。自分とわかったダニエルは湯船の中で身動きできなくなり、泣き出したという。「でもぼくは弱虫じゃないよ!そんなに簡単に泣かないんだよ」。少年らしく付け加えるダニエル。
 そして大ベストセラーの主役決定のニュースは世界をめぐったのだった。
(文・hirame)
受賞歴
米タイム誌「タイム・フォー・キッズ(TFK)2002年の顔」に選出 (2002年12月)
イタリア・ダビッド・ディ・ドナテロ賞(2002年4月)
英バラエティ・クラブ新人賞受賞(2002年2月)
ハリウッド女性記者クラブゴールデンアップル賞 新人男性俳優賞受賞(2001年12月)
映画・テレビドラマ・演劇出演作品
ザ・プレイ・ホァット・アイ・ロート(2002年11月、英舞台ゲスト出演)
ハリー・ポッターと秘密の部屋(2002年映画、ハリー・ポッター役)
セイ・パンツ・トゥ・ザ・ポヴァティ(2001年、BBCのチャリティテレビ番組)
コミック・リリーフ・ショート・パンツ(2001年、BBCのテレビ番組予告)
ハリー・ポッターと賢者の石(2001年、ハリー・ポッター役)
テイラー・オブ・パナマ(2001年、マーク・ペンデル役)
デビッド・コパーフィールド(英BBCのTVドラマ、デビッド・コパーフィールドの子供時代役)
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